DD51 千と一夜の物語の最近のブログ記事

山口線でよく見るC56とDD51の重連。
何らかの事情でC57が走れないときはピンチヒッターでC56が登板しますけどね。
今回の当番ではいつもとちょっと事情が違ってました。
既に車齢70年を越えるC57-1ですから、どんなに整備してもあちこちガタが出るのは致し方ないところ。
実は今回も走り装置不調で緊急点検→緊急解体整備と相成りまして、突然の当番な訳です。
ところが、悪い事にいつもC56が三味線弾いて走れるように後押しするDD51-844が検査中と言う事で不在なんですな、これが。
そんな訳で・・・・

わざわざ宮原から1193を呼び寄せて後押しです(笑)
かなり珍しいシーンじゃないでしょうかね。
ちょっと面白い。
で、どうでも良いんですがやらせ爆煙用に墨汁でも混ぜてるんでしょうか?
DD51-1193のナンバープレートの辺りに点々と黒い汚れが目立ちます・・・・・
DD51汚れるやんけ!との叫びがどこからともなく・・・・・(笑)
かつて筑豊の空を真っ黒に染めた黒ダイヤを運んだSL達。
その後釜のように筑豊へ送り込まれたDD51達が居ました。
石炭産業が斜陽化し、次々と仕事場を失っていった彼ら。
あるものは50系客車をエスコートして旅客列車に。
あるものは僅か数キロの非電化線の為に本州と連絡される貨物列車の受け渡しに。
そして、僅かに筑豊を走るセメント列車の先導役として。
しぶとく健気に。
なにより強かに。
ほんの僅かな運用を守ってきました。
ところが、平成15年の改正でついに筑豊のセメントも終了。
なんだかんだで使い道があったのか、1001と866は筑豊で惰眠をむさぼっていたのですが・・・・
この春の改正で終に門司に居座っていた866が除籍されました。
九州独特の赤プレートDD51.
もう、記憶の中だけでの機関車になってしまったんですね・・・・
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