追憶の磐越西線の最近のブログ記事
ふと気になって調べてみたら、デジタル化した後だけですら磐越西線沿線へ累計で100日以上出掛けている勘定だった。
その中で1ショットでもDD51を撮ったと勘定した場合、累計日数は87日。
多いか少ないかの判断は自分では難しいものの、平成13年に完全デジタル撮影に切り替えた後だけですら90日近いと言うのに自ら新鮮な驚きを覚えた。
何でそんなに通ったんだろう?
単純な事だけど、それが一番興味深い。
枚数的に一番多いのは6月~8月の日が長い時期だ。
だが、真冬の銀世界に踊る列車を撮った枚数もかなりあった。
桜の時期が弱いのは、すなわち自らの仕事の繁忙期と重なる為のようだ。
そして、意外な事に秋が少ない。
秋の撮影では只見線に張り付いてしまう影響かもしれない。
いつの間にか純撮影枚数で北海道が一位になってしまい、その直ぐ後ろを山口岡見がくっついている。
圧倒的な枚数で撮ってきたはずの磐越西線はこれ以上増えようが無い訳で(汗)
それこそ本当に、DD51ばんえつ物語号でも全力投球するようだ。
紫煙高く吹き上げる空。
どこまでも青く高く透きとおる秋空の蒼。
こんな空の下を走るDD51をもう一度撮りたい。
そんな風に願っているのですが、チャンスは少なそうです。
願っていなければ夢はかなわない。
チャンスは案外向こうからやってきそうな予感がしています。
広田駅午前8時過ぎ。
なんどここへやって来たか分からない。
いつもここへ来て、いつも同じカットを撮っていたような気がする。
代わり映えしない一枚。
しかし、今となっては貴重な一枚。
ふと目を落としたらこのシール。
そうか。この機関車が飲む軽油は軽油引取税が免税なのか。
俺の車の軽油も免税にならねーかなーとか思ったものです。
くるくる回るラジエーターファンのお飾りが工場の特徴を現してますね。
今撮ってる厚狭派出などではお飾りが付いてません。
アレが有ると無いとではずいぶん印象が変わります。
正直、個性的なのを付けてほしいなぁとか思うんですが。
ここの入換の親父さんは長年同じ方が努めていたように思います。
最後の頃はたまに行く私ですが顔見知り状態でした。
同じルーチンを繰り返した毎日だったでしょうね。
ここ広田と塩川を担当し帰って行った筈です。
スイッチャーの動き回った楽しい駅でした。
会津平へと降りてきた1056。
慶徳を越えてたどり着いた盆地の底も、まだ光が届いては居なかった。
それでも。
鍋の底の集落は活動を始めている。
田んぼへ向かう親父さんの軽トラックが踏み切りに捕まっている。
短笛一声、1056は轟然と踏切を通り過ぎた。
すかさずマイカーのエンジンに火を入れて追跡。
ちょっと行けば右側のシーンに出くわした。
会津もやがて収穫だ。
カーペットのような稲穂の海が風に揺れている。
喜多方でしばらく停車し息を整えた1056は会津若松へと歩みを進める。
この辺りでやっと空が明るく輝く。
雲の切れ間からは抜けるような青空。
晴れさえすれば楽しいのだが・・・・
会津若松でキックターンする列車は、広田の住友セメント行きだけ持ってやってくる。
望遠レンズで狙えばススキの垣根の向こうにヘッドライトが踊る。
背景の外輪山が黒く沈み、会津盆地で望遠を使う事の愚かしさを噛み締める・・・・
会津の秋はススキから始まる。
美しい会津の秋を駆けたDD51
もう一度撮りたいなぁ・・・・
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